スピード矯正

理論的背景  治療例


 歯列矯正における歯の移動とは、矯正力を強くしたら目的の歯が動く、などという簡単なものではありません。
九州大学の矯正科の医局に残っている時、私は 組織研 という、歯の移動に伴う体の組織の反応について研究するという部署にいました。。。

矯正による歯の移動の組織学的反応

歯の移動のプロセス

 矯正の力が歯に加わると、歯の周りには押されている側(圧迫サイド)と引っ張られている側(牽引サイド)が生じます。
圧迫サイドにある骨が吸収して消失し、スペースが生まれます。   そのスペースに歯が移動します。   歯が移動すると、今度は牽引サイドにスペースが出来ます。 そのスペースに新しい骨が出来て隙間を埋めます。
このプロセスを繰り返して、 矯正 治療で歯は動いていくのです。   

血流理論

 歯の移動は血液の流れによって制御されていると考えられています。
歯に 矯正 力が加わると、歯は押されて、歯根膜が圧迫される領域では血流が減少します。   一方、歯根膜が牽引される領域では血流が増加します。
このように血流量が変化すると、歯の周囲の組織内の酸素分圧が先ず変化します。 (圧迫サイドでは酸素分圧が低下し、牽引サイドでは酸素分圧が上昇します。)
その他の代謝物質も数分から数時間の間にその代謝活動のレベルに変化が生じて行きます。   その結果として、矯正の力が加わった歯の周囲で様々な化学反応が起きて、細胞レベルで反応を引き起こして、歯が移動していくのです。
          歯の移動における組織学的反応

直接吸収

 歯に加えられる矯正力が適切で弱い場合、4〜6時間するとサイクリックAMPという細胞活性を変化させるメッセンジャーの活動が上昇して、歯の移動にかかわる反応が引き起こされるのです。   36〜72時間すると破骨細胞という特殊な細胞が出現して、その歯の周囲の骨を吸収していきます。 (それで直接吸収と言う)   その結果、歯が動くスペースができるのです。   この時、同時に造骨細胞が働いて、歯が動いて移動した後のスペースを埋めるように新しい骨を作っていきます。
このプロセスは連続的に起きるので、歯の移動はとてもスムーズに起きてきます。

穿下性吸収

 歯に加えられる矯正力が過度で強い場合、歯は圧迫され過ぎて周囲の血管が押し潰されてしまい、血液の供給が遮断されてしまいます。   やがてその部分の細胞は無菌的に壊死して、虚血性のガラス化領域という細胞が死んでしまった領域が拡がります。   数日後に、周りから細胞が侵入して、壊死した組織の近くの下の方から骨を吸収して行きます。 (それで穿下性吸収と言う)   壊死した組織と骨が一緒に吸収されて、初めて歯が動きます。
このプロセスでは、歯が動かない時期と歯が動く時期とが交互に起きるため、矯正による歯の移動は遅延します。

直接吸収と穿下性吸収 矯正力が適切であるほど、停滞期は短くなります。
理論的には、最初の直接吸収のみで矯正による歯の移動が起きることが望ましいということは、言うまでもありません。   歯の移動に適した最適な矯正力は理論的にはありえますが、実際の矯正治療の場面では、歯根の大きさ、形状、歯の傾斜角、骨との関係、骨質、動かし方などなど様々に条件が異なります。
例え1本の歯でも、その歯の場所場所や時期により変化します。
そのため、実際の矯正では直接吸収と穿下性吸収の両方が同時期に起きていると考えられます。

 歯が移動した後は、周囲の歯根膜や歯槽骨で修復が行われます。
血液の流れによる脈動の研究から、最初に矯正力が加えられて3週間すると、その力により生じた反応に対する修復が済み、次の矯正力を受け入れる準備が整うことが分かっています。






最適矯正力

 実験的には、歯に10gの 矯正 力が加わっただけで、歯が移動することがわかっています。
最適矯正力には様々な考え方がありますが、一つの有力な考え方として、歯根の表面積1平方センチメートル当り150g というものがあります。 この基準を適用すると、大臼歯で240g前後、小臼歯で110g前後、犬歯で150g前後、切歯(前歯)で50〜80g前後 になると考えられます。
実際の臨床の現場では、歯の大きさは様々ですので当然それを支える歯根の大きさも様々です。 ということは予想される最適矯正力も様々・・・。 また、歯の動かし方により必要とされる矯正力は同じ歯であっても異なります。

最適矯正力 ただ言える事は、 矯正 力を強くすれば歯が一杯動くという単純なものではない!ということです。
適切な矯正力を越す力を加えても、歯はあまり動きません。 上で説明したような穿下性吸収を起こしてしまい、動くのに時間がかかるようになります。
いかにして、直接性吸収を起こさせながら歯を矯正移動させるかが大事なのです。











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